鉄道掘り出し写真(寝台特急「いなば」)
特急「いなば」と言えば、キハ181気動車の昼間特急を思い出す方もいるかもしれません。
私たちの様なおじさん世代の印象に残る「いなば」は、東京-米子間を結んでいたブルートレインです。
東京発の寝台特急の牽引機は、併結運転の「いなば・紀伊」を除きEF65が担当し、この列車と急行「銀河」がEF58でした。
東京-名古屋間は、寝台特急「紀伊」との併結運転です。
「紀伊」と名古屋で分割された「いなば」は、京都で機関車がDD51に付け替えられ、山陰本線へと入ります。
ブルートレインのテールマークが絵入りになる前に行き先が出雲市に変更され、名称を「出雲」に変更されます。
このときのダイヤ改正で寝台特急「いなば」は姿を消すことになります。
後の14系「出雲」の前身となったブルートレインです。
記録写真として辛うじてこれら数枚が残っていました。
私たちの様なおじさん世代の印象に残る「いなば」は、東京-米子間を結んでいたブルートレインです。
東京発の寝台特急の牽引機は、併結運転の「いなば・紀伊」を除きEF65が担当し、この列車と急行「銀河」がEF58でした。
東京-名古屋間は、寝台特急「紀伊」との併結運転です。
「紀伊」と名古屋で分割された「いなば」は、京都で機関車がDD51に付け替えられ、山陰本線へと入ります。
ブルートレインのテールマークが絵入りになる前に行き先が出雲市に変更され、名称を「出雲」に変更されます。
このときのダイヤ改正で寝台特急「いなば」は姿を消すことになります。
後の14系「出雲」の前身となったブルートレインです。
記録写真として辛うじてこれら数枚が残っていました。


この記事へのコメント
紀伊と分割併合運転で、目立たない地味な存在でした。